ぶーちゃんに会いたい | 不育症を乗り越えた夫婦の記録

3度の流産を乗り越え、赤ちゃんの成長を見守る夫婦の記録である

ぶーちゃんに会いたい

初めての妊娠がわかった去年の春、私たちは少し動揺しながらも喜びに満ちていた。

 

7週で心拍が確認できると、帰り道に「たまごクラブ」を買って、

子供をおんぶできる登山用のリュックをネットで見ながら「家族でフジロックに行きたい」なんて話をしていた。

仕事人間で生きてきて、今まで出産することには不安があった。でも、そんな気持ちはどこかへ吹き飛んでしまった。

 

ほんの数日後だった。日曜の夜に出血が止まらず、夜中ずっと痛みに耐え、

翌朝、病院で「赤ちゃんはもういません」と言われたのは。

 

夏に再び妊娠したが、心拍を確認することもできず、

出血すると耐えられないほどの痛みで緊急手術になった。

 

病院では「たまたまですね」と言われた。「偶然」で終わらせていいのだろうか?

原因があるのかもしれないと調べていくうちに、「不育症」という言葉を知った。

 

高度な不育症の検査を行なっている病院があると聞き、すぐに電話を入れた。

検査を受け、甲状腺の数値と血栓で引っかかった。

 

2度の流産で憔悴しきっていたが、先生に「治療をして出産できた人はたくさんいる」と言われ、夫婦でもう一度前を向くことにした。

 

治療を始めて間もなく、3度目の妊娠。

しかし、元々通っていた産院では血栓予防のために飲んでいたバイアスピリンを「今すぐやめて」と言われ、これでは治療が続けられないと、不育症外来のある大学病院に転院。

3度目はまた流産になってしまったが、それでも諦めず、4度目の妊娠で、やっと安定期を迎えることができた。

 

今までは、赤ちゃんに感情移入して傷つくのが怖かったけど、

やっと、この小さな命にあだ名をつけて話しかけることができるようになった。

「ぶーちゃん、早く会いたいよ」と。

 

まだまだ不安は尽きないが、自分たちの経験を記録することで、救われる人がいるかもしれない。

どんな治療を受けたか、どうやって病院を選んだか、など、不育症で悩む人たちの参考になるようなことを書いていこうと思う。